あなたには愛する人がいるはずです。
それは、恋人であるかもしれないし、婚約者であるかもしれない。
夫あるいは妻であるかもしれない。
人はみな、愛する人のために生きているといっても過言ではないでしょう。
愛は身近にあって、かけがえのないもの。
でも、なかなか手に負えないものでもあります。
私たちが日々目にする、新聞の三面記事をちょっと見てみましょう。
愛にまつわる事件が驚くほど多く起こっています。
愛が悲劇の結末を迎えるとき、
たとえば、愛する人とともに死を選ばざるをえなかったとき、
そして、にもかかわらず、自分だけが死にきれなかったとき、
嫌が応でも、裁判という形で、法によって裁かれることになります。
あなたの傍らに、愛した人が横たわっているとき、
その死の真実はどう判断されるのでしょうか?
先に逝ってしまった人が何を考えていたのかは、永遠にわからないはずです。
いや、あなたがそのとき本当のところ何を考えていたか、ということすら、
ひょっとすると神のみぞ知ることなのかもしれません。
それでもあなたは法によって裁かれなくてはなりません。
人間がつくった法によって、人間の手によって裁かれなくてはなりません。
裁判官によって真実であると認められたところによって、
あなたの処遇が決定されるのです。
あなたの愛が、いま裁かれます。
法は愛を裁けるのか?
5月31日(日)午後1時20分 安田講堂にて開廷です。