*連載コラム*

1.駒場祭の始まり

 駒場祭は今年で第50回を迎えるわけですが、じゃあ、そもそも駒場祭はどうやって始まったのでしょうか?

 それを説明する前に、ちょっと気になる事がひとつ。教養学部は今年で設立50周年を迎えます。(先日は基礎科学科でも研究室公開プロジェクトをやっていましたよね。)なのに、駒場祭は第50回。よく考えてみて下さい。年数が合わないと思いません?

 そう、実は、最初の年は駒場祭は無かったんです。やらせてもらえませんでした。…何故でしょう?

 戦後の学制改革で、旧制第一高等学校との合流を行ないつつ、1949年に東京大学教養学部が設立されました。(ここら辺の経緯も複雑怪奇で面白いのですが…まぁ、またの機会に。)
 それまで駒場では、毎年2月上旬に「一高紀念祭」というものが行なわれており、これは全寮制である一高の学寮「駒場寮」の寮祭にあたるものでした。

 そこで、その流れを引き継ぎつつ、本郷の五月祭に負けない駒場独自の学園祭を作ろう、という事で、当時の学友会執行部ら(駒場祭委員会や自治会などはまだありませんでした)が教養学部に駒場祭開催を求めたわけです。

 が、肝心の返事は「ノー」。理由は幾つかあったらしいのですが、当時の学部側の回答によれば「これまでの寮祭は単にバカ騒ぎをするだけで、学術・文化活動としての側面が殆ど無い」「特定政党を応援する寮デコレーションが国立大学法に抵触する可能性がある」などが主な判断要因だったそうです。

 当然学生側は散々抗議したそうですが、結局その年の駒場祭はお流れ。で、学生の側で対応をあれこれ協議し、何ヶ月もかけて改善案を作成、翌年に再び学部に開催を提案。
 そんなこんなで1950年、ようやく第1回駒場祭が開催されました。