フィルハーモニー管弦楽団の持ち味として「主体性」があるということをお聞きしました。どのような練習をなさっているのですか?

私たちの楽団は、週一回の合奏で活動しています。そして、合奏に向けての練習は完全に個人の裁量に任される事になっています。その一週間、団員は個人練習を行い、楽曲について勉強したりして合奏に向け準備し、その中で考えたことや構想は、合奏の際、指揮者に問いかけていきます。
指揮者を含めて全員で音楽を作っていく、ということはこういうことなのです。私たちの団体が、学生の指揮であることのメリットは、話し合いの際の個々人の立場が平等であるということにあります。また、個人練習の際に、パートなどで自主的に集まり音を合わせたりもします。
週一回の合奏で演奏を作り上げていくことは、実は大変な部分も多いのです。それ故「主体性」とは、私たちの楽団の特長であるとともに、必要不可欠なものでもあるのです。
今回演奏するそれぞれの楽曲の特徴について簡潔に説明してください。
五月祭で演奏する二曲の内のひとつはシベリウスの「カレリア序曲」です。この曲のタイトルになっているカレリア地方は、フィンランドの歴史にとても重要な地方で、彼の国土への愛着がこの曲の明朗かつ、穏やかな響きの中に表れています。もう一曲は有名なベートーヴェンの「交響曲第五番」です。あまりにも有名な旋律から始まり、激しかったり不安を掻き立てるような響きからその後現れる優しい響きへと、いくつもの旋律が繰り返されながら曲が進んでいきます。そして到達する四楽章は一楽章の冒頭からは想像出来ないほどに華やかです。

クラシック音楽にあって現代の音楽にない魅力とはどのようなものでしょうか?
クラシック音楽は決して現代の音楽と切り離される存在ではないと思います。現代の音楽も、クラシック音楽の中で生まれた音楽理論を使っていますし、なによりいつの時代も音楽を楽しむ人の心は変わらないと思うからです。それでも何百年と、人・場所・時代を越えて演奏される曲は、存在自体がすばらしいものだと思います。世相に流されず、その良さを世代を通じて共有できる音楽であることはクラシック音楽の一つの魅力なのではないかと思います。
最後に、五月祭への意気込み、来場者の方へのメッセージをお願いします。
東京大学のシンボルともいえる、安田講堂の中で演奏するのは、私たち自身にとっても貴重な体験です。本番に向け、練習し、みんなで作り上げてきた音楽をどうぞお聞き下さい。私たちの音楽が好きだという気持ちが、皆様に伝わりますように。
この日はフィルハーモニー管弦楽団の全体練習にお邪魔させていただきました。
指揮者を中心に意見のやりとりを交わすシーンも見られ、上述の「全員で音楽を作っていく」というのを感じました。このように完成されていった音楽が、広い安田講堂に響き渡る様子を想像すると、五月祭が待ち遠しくなってきますね。